とか言われた時というのは誰しも
まぁ大抵の場合、悪い気はしないよね。
日頃から自分は“やさしい”人間でありたい。
と、思っている人は多いだろうし。。。
でも、冒頭のセリフのように
他人から『やさしいネ♪』って
言われた時って言われた当人の方は
(ん…?何が??)
って、一瞬なるような場合が
多いような気が僕はするのだけれど
どうだろう?
で、きっと、コレって
当人はその相手に対して
殊更特別に《やさしくしている》という
意識がないからだと思うのだ。
で、逆に意識的に“やさしさ”を
相手に施している(気分になっている)時には
『やさしいネ♪』とは言われないのよ、
コレがおそらく。
女性にどんな男性が好きですか?
と問えば《やさしい人》という
回答が多いからといって
よし!オレはこのコにやさしくするぜぃ
と、どんなに頑張ってみても
ほとんどの場合、効果ないでしょ?(笑)
モテたい、好きな女性に振り向いて欲しい
という動機で《オレって、やさしいだろ?》
と、懸命に“やさしさアピール”をしたところで、
彼女は『やさしいネ♪』とは思わないのだ^^;
でね、思ったのだけれど
そもそも“やさしさ”というのは
コッチがやさしくしようと思うから
出てくるモノではなくて
ただ単に相手に《してあげたい》と思うコトを
普通に、自然に、無意識に、している時に
相手が感じるモノなのよ、きっと。
※ただし、コレ。コッチの《してあげたい》と
相手の《されたら嬉しい》が合致している
という前提条件付ね。(念のため)
だから、もし
自分は“やさしい”人間でありたい。
と思うのであるのなら、殊更に
やさしくなろう。
やさしさを身につけよう。
なんてコトを考えるというのは
(ムダとは勿論言わないけれど、、)
時に、むしろその思いが邪魔になってる
なんて場合があるのかもしれない。
もっと言えば、わざわざそんな風に
考えなくても基本、誰しも元々
やさしいし、やさしさなんて
当たり前のように持っているのよ、うん。
ただ、それは自分が出そうと思って
出るものではなくて、あくまでも
相手が感じるものだから
『やさしいネ♪』と言ってもらわないと
多くの人が自分では実感できない。
でも、残念ながら
『やさしいネ♪』と言ってもらおうと
すればするほど『やさしいネ♪』とは
言ってもらえないという、、、
何とも悩ましいシロモノなのだ^^;
だからこそ、普通に、自然に、無意識に
《してあげたい》と思わせてくれような相手。
つまりは
自分のやさしい部分“やさしさ”を
引き出してくれる相手の存在って
とても貴重だと思うわけ。
そういう相手がいてくれることで
自分はやさしい人間でいられる。
みたいな感じ?!
と、こんな切り口で
イメージを積み上げてみた時
そういう貴重な存在候補。
キミが《してあげたい》と思う
大切な相手は誰だろう?
もし、該当しそうなのはこの人なんだけど
なんかうまくいってない、、、
なんて場合には
こんだけ、やさしくしてやってるのに
『ありがとう』の一言もないのかよ!ったく…
ではなく
自分をやさしくいさせてくれて
『ありがとう』という感じにキミの方がなれば
もしかしたらその人は
『ありがとう、やさしいネ♪』
って、言ってくれる。。。のかも(¨ )
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