今はできない…なんてコトがままあって
そんな時
自分もつまらないオトナになっちゃったなぁ…
とか、そんなふうに思うことって、
あなたもあるでしょ?
僕たちはオトナになるにつれ、
いつしか自分にどこか抑制的な枠を
はめるようになっていく。
この枠がいわゆる“オトナの分別”と
いうやつなのだろう。
昨今、テレビがつまらなくなったのは
過剰な自主規制が原因だという説があるけれど
別に法に触れるわけではないことまで
自ら勝手にはめた枠の中で抑制する。
つまらないテレビ、つまらないオトナ、ともに
原因は同じようなトコロにあるのかもしれないね。
これをして
オトナになって何か大切なものを失ってしまった…
的な論調があるのも確かにわからなくはない。
でも、その一方で、これは経験に基づいた
生きる上での知恵というか
自らが苦労をし、時には痛い目をみながら
自分がより快適に生きるためにと自力で築き上げた
言うなればココロのインフラ整備みたいなもので
僕たちはその恩恵をたくさん享受しているはずなのだ。
だから、ただ安直に
『大人の分別なんかクソ食らえだぜぃ!』
なんてのに賛同するつもりはない。
ただ ね。
例えば「あと10年若ければなぁ…」とか
自分で自分の行動を抑制するような
言い聞かせ的セリフが頭をよぎるということは
大人の分別がすっかり身に付いた今の自分でも
ココロ動かされる何かが目の前に現れた
ということだとは言えないだろうか?
だって、もしココロ惹かれる要素が
そこに相当数な%含まれていなければ、
そんなセリフすら出てくる余地はないはずでしょ?
それって、若い頃のまだ何も知らないがゆえ
自由気ままに、お手軽に、とりあえず
何でもできた頃とはワケが違って
いわゆる、怖いもの知らずという強みは無し。
自分が傷つくかもしれないという怖さを
充分に知った上で、それでもその選択肢が
自身の俎上にのってきているという証なわけ。
だから、もしあなた自身に
《大人の分別言い聞かせモード》
が発動した時というのは
いやいや、ないない、はいおしまい
と軽く流してしまう前に
大人の分別はあくまでも“自主規制”に過ぎない
のだというコトをあらためて思い返してみる。
そしてその上でホントに ないな、うん。 なのか、
ちょっとやってみようかなぁ… なのか
一考してみる価値はあるかもしれないね(¨ )
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